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富山地方裁判所 昭和54年(ワ)17号 判決 1980年10月17日

原告

森谷外美

ほか二名

被告

河森正成こと河森正茂

主文

被告は、原告森谷外美に対し金二六一万五、一六一円、同森谷弘美及び同市村絹江に対し各金一八六万五、一六一円、並びに右各金員に対し昭和五二年一二月二五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告三名の、被告に対するその余の各請求はいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告三名の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は、原告森谷外美に対し金六五〇万円、同森谷弘美に対し金五〇〇万円、同市村絹江に対し金五〇〇万円、及び右各金員に対し、昭和五二年一二月二五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  交通事故の発生

1 事故の日時 昭和五二年一二月二三日午後五時二〇分頃

2 事故の場所 小矢部市水島四八九番地先市道交差点

3 加害車 被告の運転する普通乗用自動車(富五五ほ六九三二号)

4 被害者 訴外亡森谷朝夫(以下単に訴外亡朝夫又は亡朝夫という。)

5 態様 被害者が軽四貨物自動車を運転して右交差点を直進しようとしたところ、加害車両が右交差点に進入し衝突した。

(二)  事故による被害の結果

訴外亡朝夫は、右事故のため翌二四日午前三時一三分脳挫傷、消化管出血合併症により死亡した。

(三)  責任原因

被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

(四)  損害

1 訴外亡朝夫の損害 金四、一一九万〇、九六八円

(1) 逸失利益 金三、一一九万〇、九六八円

(イ) 亡朝夫は農業を営んでおり、昭和五二年の水稲生産高は玄米一一五俵であり、この価格は金一九八万六、四五〇円であつたが、これを生産するに要した必要経費は三六万一、七八〇円であつた。従つて、水稲生産による所得は金一六二万四、六七〇円であつた。尚、水稲生産に関与した者は亡朝夫及びその妻である原告外美であつたが、亡朝夫は健康で体格もよく労働熱心で大部分の農作業をしていたので、亡朝夫の寄与率は七〇%を下らない。

よつて、亡朝夫の水稲生産に関する所得は金一一三万七、二六九円を下らないものである。

(ロ) 亡朝夫は、自己の農業を営みながら、水島農業機械利用組合のオペレーターとして農繁期に農業機械の運転手を勤め、昭和五二年春耕時には一六万四、三五六m2の荒起・代掻作業に従事し金一四九万五、六三九円の収入を得、又、同年秋耕時には五万六、八一六m2の荒起作業に従事し金一九万八、八五六円の収入を得た。

従つて、その合計は金一六九万四、四九五円となる。

(ハ) 亡朝夫は、秋の収穫時に小矢部市農業協同組合水島ライスセンターの人夫として四三四・五時間勤務し、金三五万一、九四五円の収入を得た。

(ニ) 亡朝夫は、農閑期には小矢部市水島一八〇番地にある長谷川塗装こと長谷川龍春方に勤め、年間で金八七万四、〇七五円の収入を得た。

以上のとおり、亡朝夫の昭和五二年中の年間総所得は金四〇五万七、七八四円に達していたものである。

ところで、亡朝夫は大正一四年五月一四日生れであつたから死亡時は満五二歳であつた。統計表によると満五二歳男子の就労可能年数は一五年であり、その新ホフマン係数は一〇・九八一である。

又、亡朝夫の扶養家族は三名であつたから、その生活費は収入の三〇%が相当である。従つて、逸失利益の計算式は次のとおりである。

4,057,784×(1-0.3)×10.981=31,190,968

(2) 慰藉料 金一、〇〇〇万円

亡朝夫は、健康で体格もよく極めて勤労意欲旺盛で、物心両面において一家の主桂となつていたものであり、将来も永く健康で生きられることを期待されていたが、本件事故により死亡するに至つた。この精神的苦痛を金銭に評価すれば、金一、〇〇〇万円を下るものではない。

2 原告外美の損害 金一五〇万円

(1) 葬儀費等 金五〇万円

原告外美は、遺体の引き取り・葬儀・初七日の法要のために金一二七万円に達する出捐をしたが、その内社会通念上一般に是認されている金五〇万円を請求する。

(2) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告らは本訴訟手続を代理人に依頼し、その手数料及び報酬として金一〇〇万円を原告外美が負担する約束をした。

(五)  相続

原告外美は亡朝夫の妻であり、原告弘美及び原告絹江は子供であるところ、朝夫の死亡により亡朝夫の権利をそれぞれ三分の一宛承継した。

従つて、各原告の相続分は、第四項1の損害総額金四、一一九万〇、九六八円の三分の一に相当する金一、三七三万〇、三二二円となる。

(六)  弁済

原告らは、自賠責保険金より金一、五〇〇万円を受取つたのでこれを原告三名で均等に分配し、前項の内金に充当した。

(七)  結論

従つて、原告外美の損害額の残額は金一、〇二三万〇、三二二円、原告弘美及び原告絹江の損害額の残額は各金八七三万〇、三二二円となつた。

原告外美は右内金六五〇万円を、原告弘美及び絹江はそれぞれ右内金五〇〇万円宛を本訴において請求する。

又、原告ら三名は、右請求金額に対し、本件事故により死亡した翌日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)12の各事実は認める、(一)3のうち被告が同記載の自動車を運転していた事実は認めるが、その余は否認する、(一)4は不知、(一)5は否認する。

(二)  同(二)、(四)ないし(七)は不知。

(三)  同(三)は否認する。

(四)  同(六)は認める。

三  抗弁

(一)  自動車損害賠償保障法(以下単に自賠法という。)三条但書の免責の抗弁

被告は、本件事故の際、その運転していた自動車の運行に過失はなく、又その自動車に構造上の欠陥や機能の障害がなかつたものであり、更に訴外亡朝夫又は訴外七社郁夫が、その自動車を運転するにあたり、交通整理の行われていない交差点において、交差道路を左方から進行してくる被告運転の車両の進行を妨害した故意又は過失があつたものであるから、自賠法三条但書の免責事由が存在するものである。

(二)  過失相殺

1 相手車両の運転者は訴外七社郁夫であり、同訴外人と被告との両名による運行行為の競合により本件損害が生じたものであるから、原告らの損害額に対して五割以上の責任を負担することはできない。

2 仮に、相手車両を訴外亡朝夫が運転していたものであつたとしても、同訴外人には前項(一)記載の故意又は過失があるから、過失相殺されるべきである。

(三)  損益相殺

原告森谷外美に対して、労働者災害補償保険による遺族特別年金三万五、〇四〇円、及び遺族特別支給金二〇〇万円が支払われているが、右合計額は損益相殺さるべきである。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)について

被告は、本件事故による責任について、自賠法三条但書の免責事由を主張するが、被告は、その運転した自動車の運行に過失があつたのであるから(甲第一号証・乙第一号証等)免責されることはない。

(二)  抗弁(二)1について

訴外亡朝夫が乗車していた自動車の運転者は、訴外七社郁夫ではない。右訴外亡朝夫本人である。

(三)  抗弁(二)2について

被告の過失割合は七割を下ることがない。

本件交通事故現場は、幅員約三メートルのアスフアルト舗装のされた平坦な道路がほぼ直角に交差する見通しの良い交差点であつた。

交差する双方の道路はいずれも幹線道路ではなく、農地の圃場整備によつて出来た道路である。その為、交通量は極めて少ないところである。

被告は、日頃通勤に通いなれており、交通量が極めて少ないことに気をゆるし、カーラジオを聞きながら、これに気を取られて前方の道路状況や交通に対する注意が極めて散漫なまゝ時速約四五ないし五〇キロメートルで進行し、本件事故現場の交差点に差しかかつても減速することはなかつた。被告は、右前方約二一メートルの地点で訴外亡朝夫運転の軽四トラツクが交差点に入つてくるのを見てびつくりして急ブレーキを踏んだが、ブレーキがきかない先に軽四トラツクと衝突したのである(甲第八号証)。又、実況見分調書(甲第六号証)にも衝突前に被告運転車両のスリツプ痕が表示されていない。即ち、被告は、徐行もしていないのである。

他方、訴外亡朝夫運転の車両は、時速約四〇キロメートル位で進行して来たが、その進行道路の左側で本件事故発生の交差点の約二六メートル手前にある長谷川友吉方屋敷の東側を通り抜けて間もなく被告車両を発見し、減速し(乙第九号証)、衝突地点の七メートル余り手前から、スリツプ痕の残る急制動の措置を講じていたものである(甲第六号証)。

被告は、乙第一号証(刑事控訴審判決)中に「双方車両の運転者の過失は殆んど同程度のものである」と表示されていることを強調するが、これは、刑事事件の情状として述べられたものであつて、民事の過失相殺を前提に述べられたものではない。

従つて、本件事故は、被告が事故発生前に運転者としての一般的な注意義務を全く怠つていたことによるものである。

そして、その程度は、訴外亡朝夫の過失に比べて重大である。

(四)  抗弁(三)について

原告外美が、遺族特別年金三万五、〇四〇円、遺族特別支給金二〇〇万円を受取つたことは認める。

しかしながら、遺族特別支給金は、損害賠償金の財産的損害や慰藉料の補填としての性質を有するものではなく、死亡に対する見舞金としての性質を有するものであるから、損害額より控除されるべきものではない。

第三証拠〔略〕

理由

第一本件事故の発生と態様

当事者間に争いのない事実、並びに原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証、第三号証、第五号証ないし第八号証、第一〇号証、成立に争いのない乙第四号証、第六号証、第八号証ないし第一一号証、第一三号証ないし第一五号証、第一八号証、第一九号証及び第二二号証によれば、次の事実を認めることができる。

被告は、昭和五二年一二月二三日午後五時二〇分ころ、普通乗用自動車(富五五ほ六九三二号)を運転し、富山県小矢部市新西方面から砺波市神島方面に向かい時速約四五キロメートルで進行し、小矢部市水島四八九番地先の交差点にさしかかつた際、おりから右方道路から同交差点に向け進行してくる訴外亡朝夫運転の軽四輪貨物自動車(富山四〇あ五四五六号)を右前方約二一メートルに迫つて発見し、急制動をしたが及ばず右訴外亡朝夫運転車両前部に自車右側面部を衝突させる交通事故を惹き起こしたこと、右交差点は交通整理の行われていない左右の見通しのよい交差点であり、被告進行道路及び訴外亡朝夫進行道路の幅員はいずれも約三メートルであること、右交通事故は、被告が前方左右道路の交通の安全を確認しつつ進行すべき注意義務を怠り、交通量の少ないのに気を許し、カーラジオをつけていたことなどから、前方左右の注視不十分のまま右交差点に進入した過失と、訴外亡朝夫が被告運転の車両の動静に対して十分な注意を払い、その動静に応じて運転すべき注意を怠つたことによつて生じたものであること、右交通事故によつて訴外亡朝夫は脳挫傷の傷害を負い、事故の翌日である一二月二四日午前三時一三分頃脳挫傷、消化管出血合併症により死亡するに至つたこと

以上の事実を認めることができ、右認定に反する成立に争いのない乙第一六号証、第二〇号証及び第二一号証、並びに被告本人尋問の結果は採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。被告は、本件貨物自動車を運転していたのは訴外亡朝夫ではなく、訴外七社郁夫である旨主張するが、右主張に沿う被告自身の供述はいずれも憶測の域を出ず、他に右主張を裏付ける的確な証拠はないものといわざるを得ない。

第二責任原因

成立に争いのない乙第一三号証及び第一四号証によれば、被告が本件交通事故当時運転していた普通乗用自動車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであることを認めることができ、右認定を左右する証拠はない。そして、前叙認定のように、被告は右普通乗用自動車の運行によつて訴外亡朝夫を死亡するに至らせたものであるから、自賠法三条本文により、運行供用者責任を負うものというべきである。

被告は、自賠法三条但書の免責事由の存在を主張するが、前叙認定のとおり、本件交通事故は被告の過失によつて惹起されたものであるので、その余の点を判断するまでもなく、自賠法三条但書の免責の主張は失当である。

第三損害及び相続

一  訴外亡朝夫の損害

(一)  逸失利益 金三、一一九万〇、九六八円

1 請求原因(四)1(1)の(イ)の事実は、原告森谷外美本人尋問の結果(以下単に原告外美の尋問結果という。)並びにそれにより真正に成立したものと認められる甲第一三号証及び第一四号証によつて認める。

2 同(ロ)の事実は原告外美の尋問結果により真正に成立したものと認められる甲第一五号証によつて認める。

3 同(ハ)の事実は原告外美の尋問結果により真正に成立したものと認められる甲第一六号証によつて認める。

4 同(二)の事実は証人長谷川龍春の証言により真正に成立したものと認められる甲第一七号証によつて認める。

5 以上認定の各事実、並びに成立に争いのない甲第一一号証によれば、訴外亡朝夫は本件交通事故当時満五二歳で、その当時年間四〇五万七、七八四円の収入を得ていたことが認められるところ、同訴外人の就労可能年数は死亡時から一五年、生活費は収入の三〇%と考えられるから、同訴外人の死亡による逸失利益を年別の新ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおりである。

4,057,784×(1-0.3)×10.981=31,190,968

すなわち、三、一一九万〇、九六八円となる。

(二)  慰藉料 金一、〇〇〇万円

前叙認定の本件交通事故の態様、訴外亡朝夫の傷害の部位、程度、死亡に至る経過、年齢、並びに原告外美の尋問結果により認められる同訴外人の家族内の地位その他諸般の事情を考えあわせると、同訴外人の慰藉料額は一、〇〇〇万円とするのが相当であると認められる。

二  原告外美の損害

原告外美の尋問結果によれば、訴外亡朝夫の葬儀費用等に、原告外美は約一二〇万円を費消したことが認められるが、右の内五〇万円が本件交通事故と相当因果関係のある損害と認められる。

三  相続

成立に争いのない甲第一一号証及び第一二号証によれば、原告外美は訴外亡朝夫の妻であり、原告弘美及び同絹江はその子供であること、原告外美の尋問結果によれば、原告らは訴外人の死亡によりその権利を各三分の一ずつ相続したことが認められる。従つて、各原告は、各自、前叙認定の訴外亡朝夫の損害四、一一九万〇、九六八円の三分の一である一、三七三万〇、三二二円の損害賠償請求権を相続したものである。

第四過失相殺

前記第一認定の事実によれば、本件交通事故の発生については訴外亡朝夫にも、交差点へ進入するに際し運転者として十分な注意を尽さなかつた不注意が認められるところ、前叙認定の被告の過失の態様、事故現場の状況等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告らの各損害の五割を減ずるのが相当と認められる。そうすると、原告外美の前叙認定の損害総額は、一、四二三万〇、三二二円(相続した分一、三七三万〇、三二二円及び同原告固有の葬儀費等の損害五〇万円の合計額)であり、原告弘美及び同絹江の各損害額は各一、三七三万〇、三二二円であるから、右の各五割を減じた額は、前者について七一一万五、一六一円、後者については六八六万五、一六一円となる。

第五損益相殺

一  被告は、労働者災害補償保険による遺族特別年金三万五、〇四〇円、及び遺族特別支給金二〇〇万円を原告外美が受領しているが、右合計額は損益相殺されるべきであると主張するので判断する。

二  原告外美が、労働者災害補償保険(以下単に労災保険という。)による遺族特別年金三万五、〇四〇円、及び遺族特別支給金二〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

ところで、労災保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、廃疾又は死亡(以下単に負傷等という。)に対して災害補償を迅速かつ公正に行うことを目的とする保険であるが、労働者のうけた災害による負傷等がその事業主の不法行為による場合、事業主は労働者に対し不法行為による損害賠償責任を負うことはいうまでもないが、右災害につき労働者に対して既に労災保険給付がなされているときは、事業主はその給付の価額の限度で損害賠償責任を免れるものと解すべきである(労働基準法八四条、最一小判昭和三七年四月二六日、民集一六巻四号九七五頁以下各参照)。又、労働者の災害による負傷等が事業主以外の第三者の不法行為によるものである場合には、政府がその被害者又は遺族に保険給付をしたときは、政府はその給付の価額の限度でその被害者又は遺族が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得するものとされているので(労災保険法一二条の四第一項)、右規定の趣旨からすれば、第三者は被害者又は遺族に対する関係では、保険給付の価額の限度で損害賠償責任を免れることになるものと解すべきである。以上のように、労災保険法にもとづく保険給付は、労働者が業務上事由又は通勤により被つた負傷等による損害を迅速かつ公正に填補しようという趣旨にもとづいてなされるものである(労災保険法一条)が、労災保険は右の損害の実質的填補という目的のほかに、災害に遭つた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、適正な労働条件の確保等をも目的としている(同法一条)。そして、右後者の目的を達成するため、労災保険は労働福祉事業を行うことができるものとされている(同法二条)が、右の労働福祉事業として、政府は、療養に関する施設の設置及び運営その他業務災害及び通勤災害を被つた労働者(被災労働者)の円滑な社会復婦を促進するために必要な事業、被災労働者の療養生活の援護、その遺族の就学の援護その他被災労働者及びその遺族の援護を図るために必要な事業、その他の事業を行うものと定められている(同法二三条一項)。そして、労働者災害補償保険特別支給規則(以下特別支給規則という。)は労災法二三条一項の労働福祉事業として行う特別支給金の支給に関する必要事項を定めている(同規則一条)。本件において問題となつている遺族特別年金及び遺族特別支給金は、いずれも特別支給規則九条及び五条にもとづき支給されているものである。

以上のように、労災保険法は、政府が保険給付と労働福祉事業を行うことによつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とするものであり、労働者の生存権、労働権を保障することをその本質とするものであるが、労災保険の行う保険給付は、労働者福祉の観点から行われるとともに、実質的には業務上等の災害により労働者が被つた損害の填補の性質を有しているものであり、その点を勘案して、事業主による災害であると、第三者による災害であるとを問わず、保険給付が被災労働者等に対して行われたときには、給付の価額の限度において事業主又は第三者は損害賠償責任を免れるものと解すべきものであることは既に述べたところである。しかしながら、労働福祉事業の一環として給付される遺族特別年金や遺族特別支給金は、専ら遺族の援護を図るという、被災労働者の遺族に対する社会福祉的な配慮により支給されるものであり、保険給付のように損害の填補という性質は全く帯びていないものというべきである(労働福祉事業を行うに際して政府が支給する分につき、前記労災法一二条の四一項のような規定がないことも、右の見解を裏付けるものといえよう)。

三  従つて、労災保険による、本件遺族特別年金及び遺族特別支給金は損益相殺の対象とはならないものと解するのが相当である。これに反する被告の主張は採用できない。

第六損害の填補

請求原因(六)の事実は当事者間に争いがない。そうすると、前叙認定した各原告の損害額から各五〇〇万円ずつを控除すると、原告外美の残損害額は二一一万五、一六一円、原告弘美及び同絹江の各残損害額は各一八六万五、一六一円ということになる。

第七弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告外美が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は金五〇万円とするのが相当であると認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。そして、原告外美の尋問結果によれば、右の費用は原告外美が負担する約束であることが認められるので、右費用の負担額は原告外美の前叙損害分に加えられるべきである。そうすると、原告外美の損害合計額は、二六一万五、一六一円となる。

第八結論

よつて被告は、原告外美に対し二六一万五、一六一円、同弘美及び同絹江に対し各一八六万五、一六一円、並びに本件不法行為の後である昭和五二年一二月二五日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの本訴各請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 出口治男)

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